「感情分析」技法による人格改善治療
5.実践の方法
5.1 基本姿勢の確立

(2)自分自身に対して感情や行動の説明をする

 では、「これからの自分の心の問題」と考える姿勢をスタートとして、次のステップを説明します。
 自分自身に対して、感情や行動の説明を十分にするという実践です。

 ネット上のサイトなどで心理障害にある方の日記などを見ると、とても自滅的なのが特徴です。
 まずその自滅性の度合いを減らすということを考えたいと思います。

 まず感情が自滅的になってしまうのは、それが心理障害というものですから仕方ありません。それを克服するのが、これからの実践の全てです。
 問題は、自滅的な感情が湧き出した時、ほとんど即座に、さらに輪をかけて自滅的な思考をめぐらせて、それに疑問を抱くことなく、自動的に自滅的な行動に走っている状態です。
 まずこの状態を脱するために、感情が起きて、次の思考や行動に行く時に、ひと呼吸置くという簡単な実践から始めるのが良いと思います。

 ひと呼吸置くのは、もちろん単に時間を置くためでなく、なぜそう考え、そう行動するのかを、自分に説明するということです。
  なぜこのような事が大切かというと、実に単純な話で、人は「感情に流される」ことで自分を見失うからです。
 自分を見失うというのは、自分の状態や置かれた環境を把握せずに、本人の不利を招くような非適切な行動に走ってしまうということです。

 実践方法としては、一度、自分の中にもう一人の「全く他人の私」を仮定して、その「私」から、「何でそう感じるの?何でそうするの?」と何度もいつまでも聞かれるような場面を考えるといいでしょう。
 「それは..だから」と答えたら、また「何でそうなの?」といつまでも聞かれます。
 自分なりに納得できる所まで行ったら終わりです。
 納得できる答えが見つからない場合は、素直に「分からないけどそう」でokです。
 自分でも理由の分からない感情が起きている、という疑問が、次に進む重要な鍵になるからです。

 答えに矛盾があるのもokです。やはり、矛盾を感じることが次への糸口です。

 この問答を日記など文章にしてみるのもとても良い実践方法です。

 この最初の段階で目標にしたいことが2つあります。
 それぞれ、数か月かけるくらいの意識で、焦らずにじっくり進めて下さい。

1)悪循環の自滅を解除する

 心理障害の根本的な原因を取り去るのは非常に大変ですが、表面的な悪循環で悪化した感情を軽減するのは比較的容易です。
 本格的な感情分析に進む前に、まずこの効果を自分で得られるようになることを目標にしたいと考えています。

 この表面的な悪循環というのには、主に2種類があります。

 ひとつは、「それを嘆いて取り除こうとする姿勢」です。
 嫌な感情が起きたとき、「こんな感情は嫌だ!なくなれ!」と考えると、「自己嫌悪する自分を嫌悪する」とか「痛みを痛む」ということで、その感情が自己循環により一挙に無限大まで膨張してしまいます。
 これをちょっと変え、上のように、自分の中の中立の他人に説明する作業をすると、その間は、嘆く変わりに、それを「客観的に見る姿勢」になります。
 これによって、痛みをありのままに見る、それ以上に誇張もせず、それ以下に無視もしないでいることができるようになります。
 もちろん、これだけでは元の悪感情は消えません。
 ただ、心理障害が重度化するのは、この自己循環が極めて大きな役割を果たしているので、これを止めるだけでも結構軽減の効果があるのです。
 これは「「自己建設型」の生き方へ3.心理学の目で自分を見る」でも述べたことです。

 もうひとつは、「「自己建設型」の生き方へ5.決め付け思考と中庸思考(1)10種類のマイナス思考」の中にある「7)感情的決めつけ」です。
 他のマイナス思考はそれと分かっても中々変えるのは困難ですが、「感情」と「現実」を混同する姿勢は、ここで述べた自分への説明の姿勢によって比較的早く解除が可能だと考えています。

 具体的には、「不安を感じる、これはとんでもない現実の証拠だ」という考えが代表です。
 不安は心理障害が原因で起きた不合理な感情であって、何かの現実を示すものなどではありません。
 上の自己循環と同様、このようなちょっとした思考で、感情が一挙に悪化してしまうので、この思考を解除することで、心理障害も、あくまで若干にすぎませんが、すばやく軽減できると考えています。

2)「ひとりよがり型」か「自己建設型」かを見分ける

 ある程度自分の思考パターンを自分で把握できたら、それが「「自己建設型」の生き方へ」で言う「ひとりよがり型」の思考か、それとも「自己建設型」の思考かを、見分けることを考えると良いでしょう。

 恐らくひとりよがり型の思考パターンであると思います。
 そのことが判別でき、本当はこんな感情や行動が取れれば、と思えるようになれば、本格的な感情分析に入る準備完了です。

 この実践は、ここまでの説明と、「「自己建設型」の生き方へ」の学習の全部です。
 ここでの説明はこれだけですが、実に沢山の考える作業が進むことになると思います。

 また「ハイブリッド療法」は今現在こうして作り始めたもので、私以外に「専門家」など特にいない状況ですが、ここからは第3者の目で、どんな思考内容なのか、それがどのように「ひとりよがり型」なのかを、見てアドイバイスするような援助があれば望ましいものです。
 現在メール相談ではこのような形のアドバイスを考えていますので、お気軽にご連絡下さい。


最初の自己建設的な対応

 自分の思考パターンがどんなものかを考える時に、最初の自己建設的な対応というものが考えられます。
 つまり、どのような思考パターンが「善い」とか「優れている」とかの善悪、優劣判断はしないことです。
 人には思想の自由がありますので、どんな思考パターンで生きるかも自由です。

 自滅的な思考パターンを選ぶのも、もちろん自由です。
 それを、その人に関わりを持たない他人が優劣評価することはあまり意味がありません。
 (同じ社会の一員という意味では、完全に関わりがないとも言えませんが。)

 善悪、優劣は、「何の目的にとって」「誰にとって」という相対的なものです。
 今は、あなた自身だけの問題ですから、あなたの自由で、自分にとって望ましい思考パターンを選んで下さい。
 例えば真摯な宗教思想は、「ひとりよがり型」でもなく「自己建設型」でもない、別の選択肢ともいえます。
 その場合、このハイブリッド療法の適用は難しくなりますが、各自の自由です。

 「建設型思考が善いのだからそうすべきだ」というとしたら、その姿勢は善悪を決め付ける「ひとりよがり」型です。
 つじつまが合わなかったり、矛盾した思考を「駄目な思考」と考えるのも、まさに「ひとりよがり」型です。
 完全な思考の持ち主などはこの世にはいませんし、「優秀な思考コンテスト」に出るわけでもありません。

冷静な自己観察を阻むもの

 心理障害が生み出す感情の中に、ここで説明したような自己観察型の態度を阻むものがあります。
 これを簡単にお知らせしておきます。

 ひとつは、「考える」こと自体を労働と感じて、「とにかく難しいことを考えるのが嫌」という感情です。
 親に何でも「真面目にやりなさい!」とかの強制の下で育つと、逆に、自分のためであっても真面目になれない無気力無関心が起きるものです。

 もうひとつは、「自由奔放さ」や「思い立ったことをすぐ実行できる」という性格を好み、そのように振舞う衝動の中にいる場合です。
 じっくり考えることが、何か「暗い人間」とか「堅い人間」というレッテルの自己嫌悪を引き起こすので、「あまり考えずに行動第一」という姿勢が生まれます。

 難しいことを考えずに気楽に生きるのも、自由奔放に行動優先で生きるのも、それ自体は問題ありません。
 問題は、健康な心での自由奔放というものと、心の病が生み出した自己放棄という2種類があることです。
 感情分析では後者を、ひとつの取り組み対象の症状として扱います。

 心理障害に取り組んでいる間は、以前より思案深く、考え込む傾向が増えるのは仕方がありません。
 それを治癒手段とする療法です。
 健康な心が得られた後は、その範囲に応じて、自由奔放に生きるも思慮深く生きるも自由になります。


2003.6.14