5章 「現実を生きる」ことへの視点 −「感情による決めつけの解除」「中庸の目」−
*初稿につき誤字脱字や変な「てにおは」は無視下さい。出版本までにさらに洗練予定!*
この章のまとめ
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■実践項目■ 「感情と行動の分離」を支える一連の基本姿勢 (サマリーを文中の表で掲載) ここではその中で、以下などを取り上げています。 ・感情による決めつけの解除 ・・・ 「感情は現実を示すものではない」という基本。 ・仕事の場での本格的な「焦りの解除」・・・ 「割り切り」と「最低ラインを決める」 ・中庸の目 ・・・ 自分の長所短所の多面を同時に見る姿勢 ・「推進力ある自己像の策定」・・・ 自己イメージを「中庸の目」視点から修正するテクニック。 ■実例■ D男さん ・・・うつ症での休職から職場復帰に向う、「病める30代」の典型的事例。 |
「感情と行動の分離」を支える一連の基本姿勢
ハイブリッド心理学の本格的実践の皮切りとして、「感情と行動の分離」の中にさらに含まれる、心の治癒と成長のための一連の基本姿勢について説明をしましょう。
「1部 心の治癒と成長への第一歩」で紹介したように、「感情と行動の分離」による基本的思考法が心の問題の解決にすぐ役立つかどうかは、心の障害がどう関わってくるかによって、あまりにも違ってきてしまうのが実情です。
心の障害が関わるほどに、内面の感情の問題と、外面の現実の問題を切り分けようにも、あまりにも動揺する感情によって心がおおい尽くされ、「空想」と「現実」の区別ができなくなってしまうのです。感情を鵜呑みにして、歪めた形でしか「現実」を見ることができなってくる。
そのため、心の障害が深刻に関係してくるほどに、「感情と行動の分離」からすぐに「問題の切り分け」そして問題解決へとつなげることが困難となり、その前段階として、意識土台そのものへの取り組みが必要になってきます。
「感情依存」という課題
「感情と行動の分離」がスムーズにできない心の状態を、ハイブリッド心理学では「感情依存」と呼んでいます。頭の中が全て、感情を起点として動き、感情でものごとを判断するようになってしまっているのです。
具体的にどういうことか、「感情と行動の分離」の原則をここでまた確認してみましょう。
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感情を克服したいのだから、まずは感情を鵜呑みにしないことである。内面感情と外面の思考行動をいったん分け、別々に考える。内面の感情はその良し悪しを問わず、ありのままに流し、自己理解するだけとし、「正そう」とすることは一切しない。その代わりに、外面への思考と行動は、建設的なもののみにする。 |
まさにこの反対になるのが「感情依存」です。どんな感じになるのか描写してみましょう。
始めだけは一緒です。自分の感情を良くしたい、動揺する感情を克服したいと、ただし「感情で」考えます。そのためにはまず感情を鵜呑みにしないのが原則なのですが、その後の全てが感情を鵜呑みにした形になってしまいます。
感情の良し悪しを厳しく問い、ありのままに流すのではなく力ずくで良い感情にならなければと自分にストレスを加え、悪感情は「正そう」とし、内面に厳しくすることを大切にするのですが、外面については「建設的であること」について、すっかりおろそかになってしまう。
これでは感情が良くなるはずもありませんね。
そしておまけが加わるわけです。そうして一生懸命感情を良くしようと努力しているのに、いっこうに感情が良くならない自分を、責めるのです。これがさらに、最初の感情の悪さに輪をかける結果に、当然なります。
その辺で大抵の人が、自分の姿勢と思考方法にどうも間違いがあるのを感じ始めます。しかし他に答えが見つかるわけでもありません。「考えすぎだ」と考え、もう考えるのをやめ、「気にしない」のがいいのかと考えるかも知れません。しかしそれで済むのなら、今までの問題も最初からなくて済んでいたでしょう。つまり、結局何も解決しないままです。
後はもう、これは脳の病気なのだと考え、薬で直そうと考えたり、あとはもうただ、「癒しが必要だ」と考えるかも知れません。
「合理思考」「あるがまま」「リラクゼーション」
こうした「感情依存」を修正するための基本姿勢を、やはり内面と外面でそれぞれ考えることができます。
(1)感情を鵜呑みにした思考をすることで、マイナス思考や、現実を歪めて見る思考が多くなります。その結果、建設的な思考や行動ができなくなる。これをより合理的な思考やプラス思考へとに修正します。
(2)内面の感情の良し悪しを問い、感情を良くしようと自分にストレスをかけ、あるがままに内面感情を開放することなく、自分を圧迫している。これを、内面の感情を「あるがまま」に開放することを覚えるようにします。心の力を抜き、リラックスする習慣をつけます。
メンタルヘルスに多少の心得がある方であればすぐお分かりだと思いますが、これは多くの心理療法や気分改善法と重なるものです。
私自身も勉強したものとしてすぐ浮ぶのは、「合理思考」「プラス思考」と言えば「認知療法」や「論理療法」があります。「あるがまま」の内面開放と言えば、なんといっても日本の「森田療法」が有名でしょう。またリラックス法については文字通りの各種のリラクゼーション法や癒しのセラピーがあります。
内面と外面への主な基本姿勢
ハイブリッド心理学では、そうした一連の基本的姿勢を、内面と外面ともに3項目づつに整理しています。
ただしそれらは、単独に実践してすぐ役立つかどうかはまちまちです。次に示す外面向けおよび内面向け基本姿勢の3項目がどちらも、頭のものほど単独にすぐ役立つもの、後のものほど他の取り組み実践との関係で意味を持ってくるものという感じに、大体なります。
また深刻な絶望感におおわれた危機的状況にある場合は、先の「C子さん」の事例のように、まず「自己受容」「未知への選択」に焦点を当てるとして、基本姿勢について検討することは恐らく困難であり、すぐに内面向けの深い取り組みとして「愛」や「自尊心」のあり方に向き合うことが役に立つという進め方を、一般的に言えるように感じます。
感情と行動の分離を構成する一連の基本姿勢
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■外面向けの基本姿勢■ |
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感情による決めつけの解除 ・・・ 比較的すぐ実践し効果を出しやすい 「こう感じるのだから、それが本当だ」という「感情による決めつけ」思考からの脱却。感情は現実を示すものではない。「得体の知れない恐怖」は別に現実にそんなことが起きているのではない。 |
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中庸の目・不完全性の受容 ・・・ 外面向けの総合的視点。「自尊心」において極めて重要になる 多面を同時に持つ一つの本質を見る。人間とは、そして現実とは常に不完全なものである。 「全か無か」思考、人を「こんな人間」と決めつける「レッテル貼り」思考、気分で「自分のせい」「誰のせい」と考える思考などへの対抗打。 |
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「現実を生きる生」vs「空想を生きる生」視点 ・・・ 「心を病む」ことからの脱出への基本的視点 心を病むメカニズムの総合理解に立ち、健康な心を目指す。「人の目にこう見られたい」という意識とは、「他人の空想の空想」という、基本的に精神を病む意識形態であることを理解する。それは「人の心の中に自分がこう住む」という幻想であり、起きながら夢を見ている状態。目を覚まさなければならない。 |
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■内面向けの基本姿勢■ |
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悪感情の基本的軽減 ・・・ 取り組みの初期におおよその全体を理解するのが望ましい 怒りと焦りの解除。痛みをただ流す姿勢。悪感情への耐性を心がける。主な悪感情への対処原則を知り、この後の「自己分析」「感情分析」で総合的に取り組む(xx章)。 |
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内面の開放・感情強制の解除 ・・・ ケースにより最初の実践課題になる 感情の強制は「心の無酸素運動」。人生は基本的に短距離走ではなく長距離走。力を抜き、なるがままに内面を開放することを覚える。疲労回復を越えた「攻撃的休息」や、自分なりの気分転換、リラックス法を見つける。 |
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感情の放置 ・・・ 取り組みが比較的進み、方向性がはっきりするとともに出てくる姿勢 感情を自分で良くしようとする、「この感情をどうにか」という姿勢の完全放棄。これが病んだ心への決別として役に立つ。 |
ここで参考までに、認知療法で「10種類のマイナス思考」として定義されているものと、その基本的な修正思考を載せておきましょう。
その中で、「感情による決めつけの解除」などは、私の体験上は比較的単独に検討してすぐ役立つという印象があり、「外面向けの基本姿勢」にも項目として入れてあります。
それ以外については、より深い取り組みがないと修正が難しいものが並んでいる印象がありますが、まず一通り検討してみて実際どう役立つかの状況が、この先のより深い取り組みのための糸口にもなるでしょう。
認知療法による「10種類のマイナス思考」とその修正思考
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(1) 全か無か・・・ものごとを白か黒のどちらかで考える。少しでもミスがあれば、完全な失敗と考えてしまう。 【合理思考】「完全に善い」人間などはいないし、逆に「完全に悪い」人間もいない。 (2) 一般化のしすぎ・・・たった1つの良くない出来事があると、世の中すべてこれだと考える。 (3) 心のフィルター・・・たった1つの良くないことにこだわって、そればかりくよくよ考え現実をすっかり暗く見てしまう。 (4) マイナス化思考・・・良い出来事をなぜか無視してしまうので、日々の生活がすべてマイナスのものになってしまう。 【合理思考】「どうせそうなる」、そう決め付けられる現実的証拠はあるのか? 何故悪い面だけを見る? そこには一片のよい面もあるはずだ。 それは物事の「悪い解釈」だ。では「良い解釈」をするとどうなるだろう。 (5) 結論の飛躍 a) 心の読みすぎ:人が自分に悪く反応したと早合点してしまう。 b) 先読みの誤り:事態は確実に悪くなる、と決めつける。 【合理思考】そんなイメージが湧くのはしかたない。だが現実がその通りである証拠はない。ならば、ひとまず心の中の空想にすぎないと心得ておこう。空想に反応して行動してしまうと、一人相撲になってしまう。想像したのと別のケースとはどんなものかも考えてみよう。 (6) 拡大解釈と過小評価・・・自分の失敗を過大に考え、長所を過小評価する。他人の成功を過大に評価し、他人の欠点を見逃す。この逆もあり。 【合理思考】確かに空想の中では、何か大そうなことのようだ。だが、現実にそこまで行ったのか? (7) 感情的決めつけ・・・自分の憂うつな感情は現実をリアルに反映している、と考える。「こう感じるんだから、それは本当のことだ」 【合理思考】感情が「酷い」と感じたから、現実も酷いと思い込んでしまった。感情は単なる感情だ。現実を見る目は分けておこう。 (8) すべき思考・・・「〜のためには」「〜ならば」という前提のない「〜すべき」「〜すべきでない」という思考。そうでないと罰でも受けるかのように感じ、罪の意識をもちやすい。他人にこれを向けると、怒りや葛藤を感じる。 【合理思考】それは誰が「べき」と言ったのか? この世には絶対の「べき」なんて存在しない。 (9) レッテル貼り・・・極端な形の「一般化のしすぎ」である。ミスを犯した時に、どうミスを犯したかを考える代わりに自分にレッテルを貼ってしまう。「自分は落伍者だ」。他人が自分の神経を逆なでした時には「あのろくでなし!」というふうに相手にレッテルを貼ってしまう。そのレッテルは感情的で偏見に満ちている。 【合理的思考】それは自分の心の中の何かの感情を、レッテルのように相手に当てはめて固定してしまったものだ。自分も相手も流れる時の中で動いている存在だ。このレッテル貼り思考はやめよう。 (10) 個人化・・・何か良くないことが起こった時、自分に責任がないような場合にも自分のせいにしてしまう。 【合理的思考】自分のせいだという感情は、現実に基づいたものだろうか?ただそんな気分が起きただけではないか? |
「病める30代」の典型D男さんの職場復帰までの事例
比較的深刻な心の障害ケースで、これらの基本姿勢からまずアプローチした事例を紹介しましょう。
「D男さん」と読んでおきます。30代後半。一流企業の第一線でバリバリ働いていたものの、ストレスから躁うつ症になり休職するのが2回目へとおよび、ハイブリッド心理学のメール相談の門を叩いた方です。
相談申し込みのメールから紹介しましょう。それはまさに、「巨大なる焦り」の中で始まっていました。
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==D男さんから 2007.4.22(日)==
14歳の時から現在まで不安神経症で悩んでいます。
できる治療方法を行いましたが、不安と自己否定が消えません。
カウンセリングはメールのみでしょうか。面談はないのでしょうか。
問題がいろいろとあり、どのような文章でお伝えすれば良いのでしょうか。
お教えください。よろしくお願い致します。
参考になると思いますので、私がどのようにメール相談に対応しているのか、そして実際どのように相談者の方を手助けできているのか、おおよその雰囲気が分かるものを載せておきましょう。
もちろん私も人の心を治す神様でもなく、人の心を透視する魔法のCT装置があるわけでもありません。今までの経験をフル活用して、相談者の方の言葉から糸口を探し、私自身の言葉をメスとして当てていき、反応をX線画像として集め、次第に相談者の方の心の3D映像をシミュレーションしながら次の水先を考える。そんな作業をしています。
おそらく心臓や脳の外科医がそうであるように、身体の解剖学を熟知したとして、実際の症例においては「この手順でいけばいい」などというものなどない、千差万別の心の状態がそこにあるのです。
それでも治癒と成長への原理は共通し普遍的なものです。妨げを取り除き、支えを追加し、あとはその人自身の自然治癒力と自然成長力に委ねる。しかし人を救う最大のものは、身体の場合も心の場合も、その人自身の治癒力でしかないのです。
==島野から 2007.4.23(月)==
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D男さんの状況に合わせた説明をしようと思いますので、不安と自己否定を特に感じる状況などをお伝え頂ければ、それを踏まえてのアドバイスに致しますので、あれば何でもお伝え頂ければ。
文章はどんな感じでもokです。
メール相談のみにしております。ハイブリッド心理学では「自らによる心の成長」を神経症などの克服手段としており、ご本人がじっくり考え理解する過程を重視しているのと、あとは僕自身がカウンセリングよりも執筆を主業と位置付けており、面談カウンセリングは物理的に難しいためです。
D男さんからは、あと半月後には復職しなければならない状況、そして今までに試した療法などが伝えられました。世に出ているあらゆる心理療法や精神世界論を試みて、答えを見出せなかったようです。まだ世に知られていないハイブリッド心理学のメール相談を寄せてくるのは、実は大抵がそのような方々です。
より詳しい状況説明として、以前カウンセラーに渡したことのあるものとして、ワードで10枚を超える手記が添付されていました。
==D男さんから 2007.4.23(月)==
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現在は会社を5月上旬まで休職する診断書を医師に書いてもらい、休んでおります。
医師の診断は「自己同一性の混乱」と言われました。確かに自分は何か、どう生きるのか、混乱しています。
復職がとても怖いです。
どう見られるのか、仕事をきちんとできるのか、別の部署がいいのか、社会に適応できるのか・・・
上司にも今の状況を説明していないので、どう説明すれば良いかも悩んでいます。
最近気付くことは、自分を大切にしてこなかったなあ、ということです。
消えてしまいたいと思っているほどなので、この際トコトン自分と向き合います。
今までの療法は森田療法、カウンセリング、催眠療法、薬物療法、フォーカシング・整体、NLP、断食、ヨガ、気功、イメージワーク、心理学の本読破等です。多くのセミナーや本を読んで、頭は混乱しています。長年、良い療法はないかと探してばかりです。これがいけないのかとも思います。
もう疲れました。
でも、脳が興奮がして、何かやらないといけないという強迫観念にとらわれています。
たまに俺は何をやっているんだと冷静になる時間もあります。
思考の禁断症状のような感じです。「対策を練らねば」と「どうせ自分は駄目だ」の繰り返しです。
どうも早く何とかせねば、と焦っております。不安です。
手記の内容は、まさに今心の病の増加が社会問題にもなっている「団塊ジュニア」の世代、「病める30代」の典型とも言えるものに感じました。
病弱に生まれ、引きこもりがちな小中学校時代への挫折感と、やがてそれを塗り消そうという野心に追い立てられるように一念発起、名のある大学から企業へと進む中で、大学ではイベント主催に活躍し、企業ではかなりの自己発揮をした20代を送ったようです。
しかし30代にもなり、責任あるポジションになるとともに、ストレスが増加、気力は低下し、やがて回りへの疑心暗鬼の中で、仕事を続けることが苦しくなってきます。一度休職し、その時は何とか復帰したが、すぐ耐えられなくなり再度休職へ。
今は自宅療養しながら心療内科へ通院中。今度復職してもまた失敗に終わるのではという不安が、D男さんの心に大きく重くのしかかっていました。
「心」への基本的な建設思考
2週間で話が済むはずもありません。それでも「この際トコトン自分と向き合います」とのD男さんの言葉に、ハイブリッド心理学で行ける可能性を十分に感じ、私はまずこの心理学の教科書通りとも言える、「建設的思考法」という話から説明を始めました。
少し長いですが、ハイブリッド心理学の最も根幹となる考え方の部分を載せておきましょう。
==島野から 2007.4.23(月)==
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■「心」について「これが悪い」ではなく「ではどうすればいい」という思考法
我々には、「豊かな心と人生」という、「心」についての理想があります。これは人間の歴史を通してそうです。しかし「心」の問題になると、先に説明した3つの思考回路の中で、人間はもっぱら「破壊」だけしかほとんど使っていなかったのが実情です。
もちろん、実際に「豊かな心と人生」を獲得した人も大勢います。その人たちはまず、「建設的」であった人たちです。ただ、実際のところ心の問題に悩まないので、心の問題をどう建設的思考法で克服するかと議論することもなく、それで済んでいます。
一方、「破壊モード」思考で生きるとどうしても心と人生に問題が起きます。でそれを、再び「破壊モード」思考で考えるわけです。これが悪いんだ、と。そして良く議論します。
この結果どうしても、人間が「心の問題」について考える場所には、「破壊モード」思考ばかりが蔓延するのが実情です。
心はこうなるべきであり、人生はこうあるべきであり、社会生活はこうあるべきだ。
その内容は、大抵それで、いいんです。それについてあまり考えても、どうにもなりません。
問題は、そうした理想から現実を照らし合わせて、そうなれてないものを怒り否定する、という思考回路で対処していることです。まるで、悪いところを見つけしだい切除手術をしようとするかのようにです。そんなことばかりしていると、体そのものがなくなってしまいます。
同じように、「心」についても、「これが悪いんだ」という思考回路ばかり使っていると、心がなくなってしまいます。まさにD男さんが感じられた、
>医師の診断は「自己同一性の混乱」と言われました。確かに自分は何か、どう生きるのか、混乱しています。
というように。「自分」そのものが分からなくなってしまうわけです。
ですから、「これが悪いんだ」と否定するだけではなく、「ではどうすればいいか」という思考に切り替える必要があります。そして「どうすればいいか」の答えを、精神論ではなく具体的に知る必要があります。
■「こうでなければ」という型枠に心を合わせる方法
では心と人生を良くするための具体的方法とは、どんなものがあるか。
これについて人間が取り得る、大きく2つの「やり方」があります。
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一つの「やり方」は、「破壊モード思考回路」が使うやり方です。「こうでなければ」という型枠を決めて、「心」を力づくでそれに合わせる、というものです。
実際多少そんなことができてしまうメカニズムの広さが、人間の心には、つまり脳にはあります。
ハイブリッド心理学ではこれを「感情の強制」と呼んでいます。
ただしこれは、ストレスを伴います。ストレスによって行う心の機能です。この結果これを多用していると、心の表面で「自分はこんな人間でなければ」とあれこれ考えて一進一退している一方で、ストレスは蓄積しますので、どんどん蓄積疲労状態になります。
その結果、人生のある時点で、もうどうにも心が機能しなくなります。
これはもうこれ以上詳しくその様子を説明しなくても、身に覚えがあることとしてお分かりになるかと^^;
実はここまで説明した話が、D男さんの場合かなり典型的なんですね。
「破壊モード」の思考回路で生きてきたこと。「こうでなければ」という型枠に「心」を合わせるというやり方で来たこと。
手記をざっと読ませて頂きましたが、率直直感的に感じたのは、全てが「勢いでどうにか」という姿勢の中におありだったようなイメージです。
浮かんだイメージは、粘土人形を作るやり方です。「こうなるべき」という枠型を作ります。そして粘土をそこに向けて勢いつけて押しつけます。すると粘土人形のできあがりです。
■始まったばかりの「心を良くする」科学
心と人生を良くするための、もう一方の「やり方」は、例えば見慣れない何か貴重な植物の種を得ることができた状況を想像するといいと思います。全てがその種子の中に、「本性」として含まれています。それがどんな草木に育って、どんな花を咲かせるべきだなどという発想は、全くの無駄です。
その命が持つ本性が開花するのを、大切に見守る姿勢が何より必要になります。それが実際はどんな植物の種子か、調べるのもいいでしょう。それに応じた適切な植育方法があるでしょう。科学の世界です。
「心」についても、実はまったく同じなんですね。
「力づく」で「心」をこんなものに、とストレスをかけることなく、それが本来持つ成長力を発現させるための、「技術」があります。「心の使い方」ですね。
今すぐにでも復職したい、そうできるように何とかしてくれ、と焦っている方には、まるで朝礼の校長先生の話のようなものかもしれません。それでも、こうした大上段から考えるのが、この心理学なのです。
私はさらに、建設的思考法について具体的な説明を幾つかサイトからピックアップし、読んでもらうようにしました。
読み進めるのに苦労しながらも、この心理学に取り組もうとするD男さんの意欲が伝わってきました。
==D男さんから 2007.4.27(金)==
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実践メニュー等を読みました。コンテンツ量と漢字が多く、苦労しました。
とても私に合った方法だと思いました。「道のり図」が興味深かったです。
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確かに私は破壊モード思考回路になっています。今も朝から夜まで頭の中ではグルグルと破壊モードで苦しいです。
寝ていても頭が興奮して眠れません。なので、体に気を回そうと散歩や運動をやろうかと思います。
薬は飲みたくないのです。いい方法はありますか。
焦りの解除・本格版
私がまずD男さんに説明してみた「心の使い方」は、主に2項目です。
「焦りの解除」。それを今回は、復職に向けての焦りという、A子さんやBさんの事例よりも大きな話として検討します。
もう一つは「中庸の目」という話で、外面向けの「現実を見る」基本姿勢の一つです。ものごとを「全か無か」の極端で見るのではなく、不完全な現実世界と自分というものを受け入れ、完璧を求めずに、そこそこうまく行けるという落とし所を決断できることが、「仕事」において、そしてそこでの「焦りの解除」のために、極めて重要になってきます。
D男さんは、手記の内容や会社での状況を聞く限り、社会の中でもかなり優秀な人間とされる部類に、私には感じられました。まるで学校の成績でいつも1番でいたのが、2番に落ちてしまったことに深く落ち込んでいるような。
それで、C子さんのように内面の絶望感を乗り越えるアプローチではなく、ごく普通に言われるような話にも近い、「現実的で合理的な思考」から最初にアプローチしてみたのです。
完璧でなくとも、いいんです。D男さんは今のままで大丈夫です、と。まあこの言葉そのままではすでに聞いた言葉でしょうから、ハイブリッド心理学としては「気休め・励まし」ではなく、「心の科学」として説明するわけです。
まず、仕事の場面における「焦りの解除」の大原則についての説明です。
==島野から 2007.4.27(金)==
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■「焦りの解除」課題:「外から見た結果」ではなく「内から行う過程」に意識を戻す
復職をまずを材料にしての取り組みということで、「仕事における思考法行動法」という領域になります。
これを、今の目の前の問題を何とかやりくりするという短視眼的な発想としてではなく、仕事を進める上で普遍的に通用する知恵を知り、その応用として、今の問題を解決するという姿勢が重要です。
一度そのように身をもって学んだことは、状況の異なる後の問題にも応用できますので。
それで言いますと、「焦りの解除」という課題になりますね。
仕事は、また仕事でなくても、物事を「作業」として行う時は、「焦りの中で」行ってはいけません。これは鉄則です。
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なぜなら、焦りがあるとは、問題が差し迫っておりスムーズに正確に処理しなければならないから焦るわけですが、実際そうして焦りの中で作業すると、問題が差し迫っておらず余裕があるときよりも、皮肉にも効率が悪く、ミスが連発するようなことになります。
これは心理学的には当然なんですね。
なぜなら、「焦り」とは、「早く出来たという結果」ばかりが「そうならねば」と頭にちらつき、肝心の作業の内容への意識が妨害されるものだからです。
これは歌手がアガッって一瞬歌詞を忘れる現象でも説明できます。その瞬間、「ちゃんと歌を歌っている自分でないといけないのにそうでない自分」というイメージが頭に浮かび、歌詞への意識が飛んでしまうのです。そして一瞬、頭が真っ白になる。
ですから、「外から見た結果」ではなく「内から行う過程」に意識集中するという姿勢が、そうしたことを防止する方法ですし、これは多少意識訓練で習熟向上できるものです。
これが「仕事」およびそれに類する領域における、鉄則なのです。
焦りの中でことを進めては、決していけません。
その場合は、まず「焦りの解除」そのもののための「作業」をする必要があります。
■山積の問題を整理する:「割り切り」と「最低ラインを決める」
ですから、僕も会社の仕事をしていて、追い詰められるような山積の作業を抱えて焦りの中に置かれた時は、これを良く実践したものです。
つまり、山積の仕事を早く片付けるために急いでそれに着手する、のではなく、逆に、いったん全ての作業を止めます。そして、山積の仕事を整理して、「割り切る」ことと、「最低ラインを決める」ことを行います。
まあこの場合に何をまずしたかというと、「しなくても大きな問題にならない」仕事や作業を、思い切って捨てます。これをかなり徹底して行います。
そしてどうしても済ませなければならない作業の、最低ラインの日取りを決め直します。決して既存のスケジュールを素直に実行することだけを考えてはいけません。非難を受けないような遅延理由も徹底的に考え、最も遅らせられる新しいスケジュールを考え、関係者への合意を取り付けます。
そうやって、徹底した「割り切り」と「最低ラインを決める」ことをまず行って、「これならもう余裕だ」と感じ、焦りが消え安心感が体の中に広がって、初めて、手っ取り早く済ませられる作業から着手します。
もう焦りもなく、スケジュールをそれほど気にすることもなく、作業は効率的に進む、という次第です。
これが鉄則なんですね。「決して焦りの中でことを進めてはいけない」。
このような、ごく現実的で合理的な思考法について、私はサイトから他にも幾つかの資料を読むよう指示しておきました。
それらを読み終わったD男さんの様子は、どうも「ピンと来ない」という感じのものでした。私はまずD男さんの問題を、「思考法」にあると感じたのです。しかしD男さんの様子は、「心そこにあらず」という感じで、問題が別のところにあることを伝え初めていました。私はまだその深刻さを見抜いていません。
思考法への感想は言葉少なく、現在の心身の症状が新たに私に伝えられてきました。確かに心療内科に通院する以外の外出がほとんどできないほどの、身体面にまでおよぶストレス下にあるわけです。復職への不安内容についても、さらに具体的に伝えられてきました。
==D男さんから 2007.5.1(火)==
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気持ちが支離滅裂なので、あえて、そのまま言葉にしました。
サイトの文章を読みました。理論としては8割くらい理解できた感じがします。
でも本心はどうなのかな。やはり焦ってすぐに治したい気持ちがいっぱいで、一気に読みました。
優等生になろうとしています。いつもの癖です。
・・(略)・・
現在の状況は
・全身が緊張して、疲れる。肩が凝る。
・気分がコロコロと変わる。やろうと思ったけど、翌日にはやる気が起きない。その分、衝動的な行動はなくなった。
・傷つきたくない気持ちが強い。会社にはまだ行きたくない。このまま逃げたい。
・感情は何もせずに流す。時折、強力な感情が出てきた場合、ひたすら寝てやり過ごす。
・現在、何をやったら良いかわからない。目標がなくなった。以前の趣味に興味がなくなった。
・メンタル系の病気の人を見ると攻撃したくなる。自分を含めて。
・今までとは違うラクな感じがある。別にできなくてもいいかな、という、だらけている感じがする。
復職に対して思うこと。
(以下は抜粋)
・幹部候補として推薦してくれた上司の期待を裏切った。申し訳ない。
・どんな顔で出社すれば良いのか。なにか言われるか。
・後輩たちにナメられるのだろうか。威厳はない。駄目な奴と思われる。
・社内中に噂が広まっているんだろうなあ。イヤだ。
・誹謗中傷を言われたら、立ち直れなくなる。傷つきたくない。
・一度目の復職のように、みんながイキイキとして仕事している姿を見て嫉妬するのか。
・楽しい姿を見せたら、不謹慎か。
・駄目な奴のレッテルを貼られるのか。
・慰められるのもイヤだ。
・ここでアピールして現在の部に残るか。アピールする方法が浮かばない。
・もう自分のことは忘れてほしい。会社辞めたい気分。
・数年後を考えると、たまらなく不安だ。
不安がつきまとい、建設的に思考できない自分を否定しています。
この問題を考えるのも少々苦痛です。このメールを書くだけでも相当のストレスがありました。
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でも治したい。焦っています。文章がめちゃくちゃですみません。
「中庸の目」
この時、私はD男さんの「一気に読みました」との言葉に、彼が今その明晰な頭脳で、猛スピードで吸収の途上にあるとイメージしていました。これは私の目測ミスであったのがやがて判明しますが。
私は「現実的で合理的な思考法」の手綱を緩めることなく、「優等生になろうとしています」という言葉を取り上げ、視点をさらに進めました。
それは「中庸の目」という視点です。
これは「自尊心」にとって極めて重要な視点になります。
自分の長所や短所を断片的に見て一喜一憂するのではなく、その多面を同時に持つ一つの存在として、そして不完全性を抱える一人の人間として自分を認め、そこにおいて前に進むことを自らに宣言することです。
私はこれを認知療法のデビット・バーンズの本から学びました。それは人生で自分が進む先についてまだ惑いの中にあった私にとって、一つの救いになる言葉だったのです。私の自伝小説『悲しみの彼方への旅』でもそれに触れています。
『悲しみの彼方への旅』P.245より
彼が進むべき道は、「多面を同時に見る」中庸の目の先にあります。自らの短所を自己卑下に陥ることなく見据え、ひとつの制約条件として受け入れると同時に、自分の長所を傲慢に陥ることなく認識し、それを役立てることです。
そして自分を、長所と短所の差し引き合計の結果として捉えるのではなく、さまざまな側面を持つひとつの本質として、前に進む存在であることを宣言することです。
真の自尊心は、その姿勢によってこそ導かれます。真の自尊心は決して「高い評価」を与えられることによって「獲得」されるものではありません。主体的存在としての自己の可能性に向かって生きていく意志として、自ら選択するものなのです。認知療法のデビッド・バーンズが述べたように、真の自尊心とはそのようにして、「勝ち取らねば」ならないものではなく、「勝ち取る」ことができるものでさえないのです。
人生で大切なのは、自分にできることをすることです。決して優等生になることが大切なのではありません。
==島野から 2007.5.3(木)==
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