島野 小説ダイジェスト
1 ダイジェスト版へのプロローグ
    ダイジェスト版掲載にあたって


「普通」というレールの外の心の世界

 「うつ病」と並んで「人格障害」という言葉が社会で一般に知られるようになりました。

 私はこの「人格障害」というものに、ちょっとした思い入れを持っています。
 なぜならそれは、「病んだ心」という課題を私たちに示しているだけではなく、時に、私たち現代人が「普通」というレールで用意された人生を選ぶことによって失った、何か深い人間としての情動の世界を示していることがあるように感じることがあるからです。

 それに比べると、良く聞く「うつ病との闘病と回復」はちょっと単調な印象を受けます。「普通」の世界でストレスがたまり、普通でいられることができなくなって、薬を飲んで休んで、また「普通」に復帰する、というような。。
 言ってしまえば、この心の病という問題に対して、「うつ病」とはまだ「普通」というレールになんとか留まろうとしている心の世界であり、人格障害とは「普通」であることをもはや逸して、背を向けた心の世界のことであるように思われます。
 「普通」というこの曖昧な基準を取り払った時、あるいは人間の心の全ての本当の姿が見えてくるのかも知れません。

 何も心の病についての論争などする気はさらさらありません。
 何のことはない、私が私自身の心の中に見た世界は、人格障害の世界だったということです。

 そして、自らそれに取り組むために大学院まで心理学を学び、その後の社会人生活の中で、大きな心の健康を得ることができた。その道のりを通して、人間の心というこの不思議で広大な世界をつぶさに見ることができた。
 その感慨を感じています。
 それだけです。

 私は、この私自身の前半生を、小説として世に出したいと考えています。
 これは、そのダイジェスト版のような感じになると思います。
プロローグ

 執筆中の小説のプロローグではなく、このダイジェスト版のプロローグです。

 小説そのものは、大量の巻数を必要とする長編になると思います。それでダイジェスト版みたいなのも書きたいと思っていました。
 なかなかそれに着手できませんでしたが、一度それを書き始めた時がありました。

 ある、深刻な人格障害傾向を持つ女性に対して、メールを主に使っての濃い援助作業をしている時でした。昨年の7月下旬のことです。
 その女性の心は危機に瀕していました。私の援助を通して、その女性は自らの心の闇に逃げることなく向き合うことを選び、ある日「心の大手術」とも言うべき出来事が起きたのです。私はこの出来事の中で、私自身の「傷ついた者への愛」という未知の感情に出会い、その分析の中で私自身の心理学理論が完成へと向かって大きく進化した、一つの奇跡のような体験でした。
 その最中でした。私は、自分とも似た来歴や感性を持つこの女性に、自分の前半生の道のりを伝えることが何か役に立つかも知れない、と考えて、ダイジェスト版みたいなものをちょっと書き始めたのです。冒頭を彼女に送りました。
 その後の急展開もあり、続きは書かずじまいでしたが、私はそれを書き始めた時の自分自身を、とても感慨深く思い出します。それはまさに、私たちがこの現代社会の中で隠している、心の奥の世界への、ひとつの旅だったからです。

 自分がこれから書こうとしていることについて少し伝えたあと、私は不思議な気持ちにとられて、キーボードから一度手を離しました。
 そしてマンション15階のリビングから、遠く続く家並みやビルの風景を見て、それから再びキーボードに向かってこんな文章を書き始めました。
 僕にとっての、未知であり続けた存在。。それは、小学校5年から..そうだな..30年以上にわたって恋心を抱き続けていた女性でした。心が健康で、優しく美しい、輝いていた人でした。

 ・・・
 僕は一体何を書いているのだろう。。

 ふと手を休めて、マンション15階のリビングから眺める家並みの風景を眺めながら考え、そしてまたキーボードに向かう。
 毎日見ることのできる、この風景は癒しです。そこには色んな人が生きている..そう感じながら。。

 そんな現実の中とは、切り離されたような心の世界。それはないものであるかのような顔をすることもできる。でもそれはやはりあるんですね。

 僕の少年時代は、3つの世界に分断されていたように思えます。
 それは全くつながりのない世界でした。

 ・・・
改めて、私の前半生の心の旅路を、かいつまんで書こうと思います。
これから同じように、自分自身を探す心の旅に歩みだそうとされている方のために。
2004.12.31