心理障害の感情メカニズム
2 二次心理過程
2.2 自己理想化と自己操縦心性

(3)理想化された自己の天国と地獄

 現実から乖離する心の離陸が何をもたらすのか、ひき続き説明したいと思います。
 現実離断を起こし、自己操縦心性に人格の主役の座を与えた結果起きる、全般的な心理作用についてです。

 まず起きるのは、これまでの強迫的感情の全体が、「理想化された自己の実現」という目標に集約されることです。
 基本的不安からの回避、人格不全の解消、自信の獲得、復讐的勝利や魔術的愛情の獲得、それら全てが、「なるべき自分」がそうなれる栄光の日、それが全人の前に呈示される「審判の日」に向かいます。
 審判の日とは、栄光の日であると同時に、破滅の日でもあるかも知れないのです。
 この結果、今まで心の中に混沌や分離の中にあった様々や要求や衝動が、理想化された自己を実現しようとする包括的な衝動へと変化します。

 これが彼彼女の心理背景に及ぼす基本的影響は3つです。

 まず、ものごとを何でも2極化する傾向が生まれます。
 それは審判の日に下される栄光か破滅かのどちらを向くかの2極であり、彼彼女の歩く先には常に、文字通り「天国と地獄」が待ち構えている。思考体系がそれに合わせて2極化するわけです。

 もうひとつは、途切れることのない緊迫感が始まることです。
 彼彼女は「現在」に安住することができなくなります。常に天国か地獄かの審判が待ち構えているからです。
 理想化された自己像は「姿」であり、その中で生きる時間を持ちません。全てがそう「なれた」か「なれないか」です。
 そう「なれた」瞬間が来ない限り、現在は仮の時間であり、そう「なれる」瞬間に向かって1秒でも早く走らなければならないのです。
 こうして彼彼女は、今を生きることを知らない人間になります。

 最後に、この歩みに踏み出したことは、彼彼女がこの「天国か地獄かレース」の出場者として競技場に放り出されたことを意味します。
 この結果生まれるのが、このレースの出場者として、世界の目が向けられる場に立たされたという感覚です。
 この感覚が生まれる理由は2つあり、一つは実際それは彼彼女にとって天国か地獄かレースであること、そして2つ目に、彼彼女が理想化された自己を生きることにおいて、主体的に生きることよりも「見られて」生きることを選んでいる点です。
 彼彼女は理想的自己を見られることで愛を得て、見せつけることで復讐を果たしたいのです。だから実際「見られる」ことが必要なことでもあるのです。
 この結果、外界は、彼彼女が天国に行くことを見守る聖母か、失敗し地獄へ落ちることを期待する意地悪な目のいずれかとなります。

 この結果、この心性に支配された人間は、必然的に、かつ急激に、緊迫感が大きく、自意識過剰になります。

 思春期段階で起きたこの状況は極めて心理的ストレスの大きなものです。
 このため、大抵の心理障害において、後の持続的症状が現われる時期に先立って、この時期に一過性の障害症状が現われるのが見られます。
 代表的なものを次に説明します。


2003.7.26