心理障害の感情メカニズム
2 二次心理過程
2.6 自己嫌悪のプロセス

(1)自己嫌悪の基本特徴

 ここではまず自己嫌悪感情の最も基本的な特徴を説明します。
 それは健康な自己反省とは全く異なるものだということです。

 まず感情の機能目的という面での違いを考えます。
 その違いとは、健康な自己反省が自己の変化を目指す感情であるのに対して、自己嫌悪感情は自己を処罰する感情であることです。
 この自己処罰感情は非常に不快な感情であり、結果としてこの感情から逃れるために自己を変化させるという、健康な自己反省と同じ結果になる可能性もないではありません。
 しかし、健康な自己反省は自発的変化であり、自己嫌悪による変化は恐怖から逃れるための変化です。
 これがどのように人を変えることができるのかは、多少未知数です。
 少なくとも言えるのは、同じように変化する過程としては、自己嫌悪から逃れるために変化する過程は、心理医学的に幸福感がより阻害された中での変化であるということです。
 さらに言うならば、恐怖から逃れるために行う自己変化は、本心ではないことがあります。つまり一時しのぎの擬装に過ぎないような変化になりがちです。恐怖から逃れるために、自己擬装を本心だと自ら思い込むような内面的不整合が起きると、それはもう心理障害のスタート地点の状態です。

 脳生理学的には、自己嫌悪感情とは一種の脳内毒の放出ではないかと想像しています。つまり身体医学的に見ても有害な物質が放出されているのではないかという想定です。
 健康な自己反省にはこのような有害な性質は全くありません。

 次に実際の感情体験面における端的な違いは、自己嫌悪感情が希望をくじく、向上しようという意欲を押さえ込むという破壊的色彩を基本的に持っていることです。
 これが最も端的な、健康な自己反省との違いであり、それが不実な感情であるゆえんです。

 健康な自己反省はむしろ希望を増加させるというプラスの色彩で起きるものです。目標へ向かう意欲は、自己反省によっては揺るぎません。
 自己嫌悪感情の破壊的色彩がより顕著になると、自虐自傷精神的または身体的破壊へと至ります。これらの発現形態についてはこの後詳しく説明します。

 健康な自己反省と自己嫌悪の違いを、分りやすい例で説明しましょう。
 やはりスポーツとか、自転車に乗れるまでとかの運動習熟過程を考えると分りやすいと思います。
 一度試した結果うまく行かずに、「こうすればうまく行くのではないか。そうしてみよう。」と考え、そうする意欲を感じるし、そうすることが楽しいことでもある。これは健康な自己反省です。
 それが「これができないなんて何て駄目なんだ。」と自己嫌悪にかられ、嫌な気分になる。次に試す時には「こうできなくちゃ。」と思いながら、失敗への不安にかられ、もう楽しいことではなくなっている。
 それでも不安の中で努力した結果上達すれば、失敗することもなくなり、楽しさが回復するかもしれません。
 外から見たこの人の上達過程はあまり変わりませんが、内側から見た場合は、楽しみの中で上達するのと、苦悩の中で上達するのと、大きな違いがあります。

 心理医学的な健康と幸福の観点からは、ここで2つの課題が示されます。

 1つめの課題は単純です。どうせ同じように向上するのであれば、楽しく向上したいということです。
 これは健康な自己反省と自己嫌悪が同時に起きている状況で、その違いが分れば比較的容易に可能になります。
 失敗の不安よりも、向上の楽しみに意識を集中すれば、ブレーキになるような自己嫌悪感も振りほどかれて行くでしょう。

 2つめの課題が難問となります。人は自己嫌悪によって本当に変わることができるのか、という問いです。
 これは自己嫌悪感情しか見えない時に、それをどのように健康な自己反省に切りかえることができるのかを、私たちが学ぶということを意味しています。
 これは特に、自分の性格人柄能力といった、総合的な人間性への自己評価について問題になりがちです。
 自分が嫌な性格の人間だという自己嫌悪を感じることで、人の性格は良くなるでしょうか。
 自分が人への優しさに欠けていたと自己嫌悪に陥ることで、人は優しくなれるでしょうか。


 もちろんそれだけでは駄目でしょう。自己嫌悪は既に起きた自分の結果への処罰であって、どうすれば良くなれるのか、何を教えるものでもありません。
 どうすれば良くなるかは、それぞれの課題に応じた向上方法というものを、地道に学び実践する必要があります。
 より幸福な人生や良好な人間関係という課題については、このサイトの「自己建設型」の生き方へでひとつの方法を紹介しています。
 性格や人間といった内面的な課題についても、建設的な方向性を知った時、自己嫌悪感情は全く無駄な感情であることがより明瞭になります。

 基本的不安からの心理発達の結果、人格の中で大きな位置を占めるようになる自己操縦心性においては、自己嫌悪が巨大な過程として不可避的に発生します。
 その感情の無意味性を心から実感することは、この心の病の不合理性全体を実感することとイコールです。
 病んだ心の克服への、最大の要件ともいえるものです。


2003.10.1